質量とエナルギーは同等で相互に変換でき、
その総和は閉じた領域で変化しないで一定に
保たれる。
質量保存の法則や、エネルギー保存の法則は
日常のマクロな世界ではそれぞれよく成り立っている。
だが、分子や原子、素粒子の相互作用が主な
役割を果たすミクロな世界では、
実はいずれも厳密には成り立たない。
その世界では、物質が、したがって質量が生成し、
消滅することがあり、エネルギーの総和も不変ではない。
それというのも、ミクロの世界では質量がエネルギーに変わり、
エネルギーが質量に変わる現象がごく普通に起きている。
電子と陽電がペアーで生成し、消滅する。
核分散や核融合では、わずかな質量がエネルギーに
変換する。
核分裂は原爆として多数の命を奪い、
核融合は太陽のエネルギー源として地球の
命を育んでいる。
ミクロの世界ではとくに、質量とエネルギーを
ひとまとめにして、閉じ込められた領域で
その総和が一定であるという法則が必要になる。
閉じた領域というのは、その境界面を通り、
物質やエネルギーが出入りしない領域のこと。
それなら、質量とエネルギーが保存されるのは、
当然だと思う人もうるだろう。
その当然がなぜだと考え出すととてもむずかしい。
我々の眼前にある多種多様の物の背後に、
何か言うに言われぬ、何かわからない、
もやっとした「気」を感じ取る。
その「気」が止まったのが質量、動いていればエネルギー、
と思えば相互に変換されても全体が保存されるの
不思議ではない。
しかし、こういう直感的な、東洋流のやり方では、
物質とエネルギーの間に
「E=mc2]
という質的な関係があるってことを証明しえないでしょう。
アルバート・アインシュタインの天才があって
初めて、抽出しえた。
この式で、質量mに対応するエネルギー「mc2」を
質量エネルギーという。
エネルギー(E)と質量(m)とをつなぐCが、
なにしろ光速で、光速は1秒間に地球を7回半するほど、
大きな数字だ。
念のため書いておくと、
毎秒30万Km。
そこで、日常のマクロな世界では質量をエネルギーに
換算すると大きすぎる。
エネルギーを質量に換算すると小さすぎる。
日常の世界では質量エネルギーを考えに入れず、
質量保存とエネルギー保存の法則はそれぞれ
よく成り立っている。
ごくごくわずかの差異があっても無視できる。
どうしてエネルギーと質量との仲を光速が媒介するのか。
それはアインシュタインが16歳から考え続けた
疑問に始まる。
光速で光を追いかけながら光を見ると、
どんなことが見えるか、である。
その疑問は10年後
「特殊相対性理論」
として結実した。
物体に力を加え、加速すると、物体のもつ
運動エネルギーがぐんぐん増えていく。
ところが光速に非常に近くなると、ほとんど増えなくなる。
さらに力を加え、加速してエネルギーを増やしてやろうとする。
ところが、速さはもうほとんど増える余地がない。
なぜなら、何しろ、光の速さはあらゆる物体の
あるいはエネルギーが移動する最高速度に
なっていることを、絶対の前提にしてしまっている。
それでもエネルギーを与え続けることができ、
増えた分のエネルギーは速さは増えず、
質量が増え続けていく。
質量とエネルギーは同等であり、光が媒介していることが
見出されたのだ。
「加速器」は素粒子をほとんど光の速さに近づける
ことができる。
光速に近づけていくと質量が10倍も100倍も・・・
大きくなっていく。
アインシュタインは、この質量とエネルギー保存の法則で
人類の歴史を加速し、重すぎるほどの重荷を人類に
背負わせてしまったのかもしれない。
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